石道山仁王門跡

さて、22日は全日OFFでしたので、石動山に赴いてみました。

花の写真でも撮りに行こうか?

そう思って白山市ノ瀬と迷いましたが、石道山の花の写真は撮ったことがなかったので、こちらに行ってみようと、、、、。




石道山仁王門跡

うぬ?

結構広いんじゃないか??

知らんかった^^;w




石道山仁王門跡

石動山の歴史

 石動山に石動彦神が祀られ、伊須流岐比古神社が建立されたのは今から一千年以上も前のことである。
地すべりもあって、山全体が神として畏れ、崇められたものと思われる。その後鎌倉時代には、虚空蔵菩薩を本地とする大宮権現を中心に、五社権現(大宮、白山宮、梅宮、火宮、剣宮)が山中にまつられるようになった。

 石動山の開山は、崇神六年方道仙人とも、養老元年泰澄大師とも伝えられ、鎌倉時代には石道寺、室町時代末期ごろから天平寺とも呼ばれた。最盛期の中世には、三百六十あまりの院坊と、約三千人の衆徒を擁したと伝えられ、絢爛たる堂塔伽藍の有様を古絵図が伝えている。

 南北朝時代や、戦国時代末期には幾度となく興亡を繰り返したが、江戸時代に入ると加賀藩の保護を得て、七十二坊が再興したのち五十八坊となって幕末まで続いた。江戸中期には勅願寺として七カ国知識米勘進が認められ、同時に衆徒らは庶民に祈祷や薬を施し、石動山信仰は全国に広まった。

 こうした石動山信仰も明治元年に神仏分離令が発せられると、院坊の関係者が次々と山を去り、一山瓦解の運命をたどった。






石道山仁王門跡

まぢか!w

予想を遥かに超える広がりじゃ!!w

これは、とても一度では回りきれない^^;w



石道山仁王門跡

水洗トイレが旧参道入り口にあります。




石道山仁王門跡

この奥の方に車を5台くらい停められる場所があります。



石道山仁王門跡

ここが旧参道入り口。




石道山仁王門跡

旧参道を進んでみます。




石道山仁王門跡

史跡 石動山




石道山仁王門跡

進んでみます。




石道山仁王門跡

カタハの花が咲いていました。



石道山仁王門跡

一応、花を撮影するために来たので^^;

D80には70−300mmズームを仕込んでおります。




石道山仁王門跡

マムシグサ。

ピントがきとらん!w




石道山仁王門跡

しばらく進むと原生林が広がります!




石道山仁王門跡

途轍もないパワーを感じる原生林です!w



石道山仁王門跡
仁王門跡



石道山仁王門跡

 一対の阿・吽形の金剛力士像を安置してあった門である。

 化粧石に囲まれた一辺が11mに7mの基壇上に、桁行三間、梁行二間の入母屋造りの八脚門が建てられていた。正面柱間が2.4m(八尺)3.6m(十二尺)2.4m(八尺)間隔で、礎石が据えられている。

 礎石の表面には、円形または方形に平滑にならした痕跡が明瞭に残っている。

 明治初年、仁王門は中能登町能登部下の長楽寺へ、仁王像は、同町西馬場の本土寺へそれぞれ移された。 




なんですと!!!



これは!

つい先日訪れた長楽寺の山門がもともとあった場所ではないか!!

いきなり、ここに連れてこられたのも、何某かの縁を感じずにはおれません!

私自身、あの山門がもともとどの位置にあったのかを全く把握していませんでした。

そもそも、この旧参道が存在することも知らなかったし、、、、、、。

今回初めて歩いてみたわけです。


そして、もう一つの事実が!

仁王像は、同町西馬場の本土寺へそれぞれ移された


まぢか??

西馬場(にしばんば)本土寺は私が幼少期に暮らしていた家から1km以内の場所で、何度も行ったことがあります。

たしか、自分探しの旅でも訪れていたんじゃないか???





これだな



確かに仁王像が写ってる。

再確認が必要か??





石道山仁王門跡

長楽寺は本堂が全焼してしまったけれど、ここにあった山門が燃えずに残っただけでも良かったと思う。




石道山仁王門跡

ここにあの山門があったんだな、、、、、、。




石道山仁王門跡

方形に磨いた痕が確かに確認できる。




石道山仁王門跡

山門を抜けると道が二手に分かれていました。

さて?

どちらに進むかな??

その2に続きます!





 

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