
毎年10月17日は慈光院の火渡り法要、大柴燈護摩供(だいさいとうごまく=柴燈大護摩供要)が執行されているようです。
今年、初めて参加してきました。
法要は午後1時半から始まるようです。
最初12時半くらいに行ってみたら誰もおらず、それほど観光客とかに有名なお祭りではなく、地元の人々のお祭りという感じなんでしょうか?
それとも、コロナ禍で参加者が減っているのか??

護摩木と供物を祀った祭壇。

1時半から大元帥明王(この日しかご開帳されないご秘仏)の尊前で読経が行われた後、野外護摩法要が始まります。

太鼓や妙鉢、法螺貝、金剛鈴が音色をかなでる賑やかな読経です。

まずは願文の奏上から始まります。

法螺貝です。

点火

松明に移した燈を護摩壇へと運びます。

点火完了です。

一同が見守る中、、、、、。

白煙が上がります。

モクモクと煙が上がります。

そして火柱が現れました。

なかなかの迫力です!

炎と共に読経が続きます。

炎はますます勢いよく燃え上がってゆきます。

ヒノキの葉が燃え尽きたら白い煙は消えて炎のみが赤々と燃え上がります。

少し柄杓で水をかけて炎を落ち着かせてから、護摩木札をくべてゆきます。

一枚一枚の護摩木札には願主の祈願、名前、かぞえ歳が記されていて護摩の炎に投じられてゆきます。
ちなみに、一枚500円で祈願を受け付けてくれます。
もちろん、私もこの場に参加させていただく以上受付させていただきました。

これが柴燈護摩です。

願いは全て聖火に聞き入れられました。

全ての護摩木札を投じ終わり護摩は終了です。

護摩の燃え残りはそのまま広げられて火渡り(火生三昧耶法)の準備にかかります。
火床には炭が敷き詰められています。

導師席

めっちゃ燃えてますやん??www

最初に行者さん方が渡った後一般の参列者も裸足で火床を渡ります。
この辺は最後の動画をゆっくりご覧ください。

慈光院が結構古いお寺なのになんで鉄筋コンクリート製なのか??
はじめ疑問を持ったんですが、野外護摩を執するためには木造じゃない方が何かと安心だからなのかなと思いました^^;w

本堂から見下ろした火渡りの様子。
例年であれば大きな円を描いてぐるぐる回るらしいのですが、それだと密になるので、コロナ禍ということもあって、蛇行させながらムシロを敷いて一回だけ渡る仕様に変更になっているらしいです。
この大柴燈護摩供機で、ますますコロナが落ち着いてくれることを念願します^^;
少なくとも、この法要の参列者は柴燈の炎がコロナ禍を焼き尽くしたと信じたいです。

ほとんどは地元の住人のようで、他所から来ている人はあまりいないようでした。
今が特別なのかどうかはわかりません。

祈願を護摩の炎で燃やし、火渡りの行で自らの身も灼き清める。
心と身。
内と外。
密なるものと、顕なるもの。
顕密成就!
そういうことなんでしょうね。

白馬山 慈光院
このお寺と私の関係は私の幼少期に遡ります。
地頭という地に尼寺があったのを鮮明に覚えています。
尼さんはお弟子さんを集めてお花を教えていたのを覚えています。
当時小学生だった私はその尼寺に上がってお菓子か何かをもらって食べたのを今でも記憶しています。
そして、その尼寺のあんじゅさまは石動(いするぎ)から来ていたらしいとの話を後に聞きました。
そのお寺には涅槃像が祀られていたらしいという話も後に聞きました。
今回は火祭りということで、寺院の本堂に入らせてもらいました。
この寺の創始者開祖妙春法尼さまは、昭和34年にご遷化されていたことを確認できました。
私が実際にお会いした方は第2世か第3世の方、またはそのお弟子さんのうちの一人だったようです。
それが誰だったのかを突き詰めることに意味があるようには思えません。
妙春大法尼さまの信仰とその思いが全てであり、それを幾多の方々が受け継いで来られて、今日現在のこの法要がある。
全ては開祖に集約してゆく。
その開祖のご命日が昭和34年10月9日で、私の誕生日が、昭和37年10月9日である。
同じ10月9日をご縁と感じられただけでも不思議だと思いますね。

今回は、本当にありがとうございました。
毎年通うとは言いませんが^^;w
何かに迷った折にはまた寄せてもらいたいと思っております。
今回はっきり分かったこと、、、、、。
私の生まれ故郷の方には同じく真言宗行者信仰の「井田の不動滝」があります。
そこは、私自身の直系の本家のご先祖が関係していたと思われます。
そこには、お滝行。
水の行が今に残されていたのを確認できました。
今回の慈光院はそれに対して、火の行ですね。
おそらく、昔はこの火の行と水の行が対になって修行されていたのだと思われるのですが、それが様々な事情で、廃っていきながら、断片的に残されているのかな、、、、、。
泰澄大師は石動山(せきどうさん)という霊山を切り拓いたと思われますがそれがある時代に壊滅的に破壊されてしまいます。
その辺の歴史的背景は、まだ調べておりません^^;
井田の不動滝もその石動山信仰の一片でありますが、さらにその他にも赤道山から白山下山仏のように移築された建物が現存するようです。
今回の慈光院も石動(いするぎ)という地名に存在しています。
石動山(せきどうさん)と石動(いするぎ)この地名も何やら縁を感じますよね??
おそらく石動山には泰澄大師由来の数十の寺院が存在していて、それらが廃寺される際に四散したのではないのか??
そんな疑問が湧いてきました。

いくつかの点が、線になり、やがて何やらこの石動山を中心に面につながる予感がしてまいりますかね??
それはそれとして、、、、、。
今回の、白馬山慈光院 火渡り法要(大柴燈護摩供)ですけど。
実際に参座できたことで、何か色々と拓けて来る予感がします。
なにやら、久しぶりにブログを更新したら、怪しすぎる記事になってしまいました^^;w
点が線になってきた、、、、。
これが本当につながれば面白いだけどな^^;
ネットの情報だけでは、まだまだ不十分です。
中能登地区だからねぇ、、、、、。
何か情報があったら発信お願いします!
さて、今回の白馬山慈光院 火渡り法要(大柴燈護摩供)YouTubeに公開しましたが、限定公開のため、検索しても出てきません!w
色々個人情報とか肖像権とかクリアできそうもない条件が存在するので公開しません!
この記事の埋め込みでのみ閲覧をお願いします。
シェアもしないでくださいね。
白馬山慈光院火渡り法要




















火渡り法要ですか。以前、他の方の画像で拝見したことがあるのですが、
そこは神社なので、火渡り神事という言い方だった気がします。
いずれにしても、気持ちが少し解き放たれる?ようですね。
熱くないのかな?とは思いますが、皆さん意外と平気ですね。
炎が燃え盛る様子は迫力ありますし、YouTubeも拝見しましたが、
鳴り物とお経の重なる雰囲気には、何か思いを強く祈りたい気持ちにさせられます。
>コロナ禍を焼き尽くす 本当にそうだといいですね!
最近の急激な感染者減は、もちろんワクチンの成果が大きいと思いますが、
それでも9割以上の方がマスク着用という国民性も?
さらに、こうした日本特有の神・仏掛かり的な力が働いていたりして^^
神無月。全国の神様が出雲に集結している今、そろそろ終息に向けてミーティング中かも知れないですよ(笑)